伊野昌司(登山家)を手稲山で発見?登った山や生立・所属サークルは?

88歳にして登頂499回目の登山で行方不明になっていた登山家の伊野昌司さん。

伊野昌司さんが登っていたのは札幌市西区の手稲山です。

この手稲山で発見された遺体が伊野昌司さんではないかと、ニュースになっています。

発見されたのは、手稲山の登山ルートから外れた場所にある永峰沢川。

この川岸で発見されたそうです。

伊野昌司さんといえば、登頂500回目が目前だったことで、

注目されていました。

どんな方なのか、wikiを探してみたのですがありませんでした。


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今回は、伊野昌司さんについて迫ってみます。

伊野昌司とは?生立は?

伊野昌司さんは、北広島市北進町在住の登山家です。

伊野昌司さんのwikiはありませんでしたので、独自で調べてみました。

伊野昌司さんは、50歳で登山を始められたそうです。

登山をはじめた目的は、職場の後輩とのコミュニケーションだったとのこと。

コミュニケーションといえば飲み会やボーリング、ゴルフとかのイメージですよね。

随分とアグレッシブな職場だったんでしょうね。

当時、伊野昌司さんは、

「山頂に辿り着いた時の爽快感が最高だった」

との感想を残していました。

どんな職場だったのかと思い、調べてみました。

伊野昌司さんは、道庁職員だったそうです。

札幌市手稲区で幼少期を過ごした伊野昌司さんにとって、

手稲山はふるさとの山だったそうです。


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いつも生活している町の向こうに見えるのが手稲山だったのでしょうね。

登山を始めて10年が経ったころ、

手稲山の山頂で出会った70歳くらいの男性から、登頂100回を目標にしていると聞き、

伊野昌司さんも登頂100回を目標にしました。

その後、数々の山を登り、88歳にして498回の登頂を成功させていました。

体の衰えも感じていた伊野昌司さん、500回の登頂で登山を辞める予定だったそうです。

伊野昌司の登った山は?

50歳から登山を始め、88歳までに498回の登頂を成功させた伊野昌司さん。

登山を始めて10年経った60歳の頃、手稲山の山頂で70歳くらいの男性と出会います。

その男性が、手稲山の登頂100回を目標に頑張っていると聞き、

伊野昌司さんも手稲山の登頂を幾度も成功させています。

伊野昌司さんの手稲山登頂は400回を超えていたそうです。

手稲山の登頂は、伊野昌司さんにとってライフワークそのものだったんでしょうね。

手稲山以外にも、北海道内外の山に登っていたそうです。

富士山も登ったことがあるんだとか。

そして、67歳でキリマンジェロの登頂に成功しています。

伊野昌司の所属する登山グループは?

伊野昌司さんは、北広島ナマステクラブに所属していたそうです。

この北広島ナマステクラブ、

登山以外にもバークゴルフやスキー、温泉巡りなどの活動もしています。

毎月2回、市内全域で活動を行なって居ます

最後に

登頂500回目前にして行方不明になっていた伊野昌司さん。

手稲山で発見された遺体が伊野昌司さんではないかということです。

今後続報があると思われます。


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