幻のピアニスト・リヒテルの平均律が凄い!名盤や経歴を調査!

幻のピアニスト・リヒテルの平均律が凄い!名盤や経歴を調査!

20世紀最大のピアニストと称される、スヴャトスラフ・リヒテルさんをご存知ですか?

ソ連出身で、西側では幻のピアニストと呼ばれていました

そんな幻のピアニスト、スヴャトスラフ・リヒテルさんについて

調査していきたいと思います!

リヒテルの経歴を調査!

リヒテルさんのプロフィールから見ていきましょう!

  • 生年月日:1915年3月20日
  • 没年月日:1997年8月1日
  • 出生地:ウクライナ

ウクライナのジトームィルでドイツ人のピアニストの父を持ち、生まれました。

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父親は移住先のオデッサで音楽教師を務め、リヒテルさんにも音楽を教えていましたが

音楽家にしようとは思っていなかった様です。

父親とはその後別れて行動し、のちに父はオデッサで処刑されてしまっています。

独学でピアノを始めたリヒテルさんは

1931年に15歳でコレペティートルに採用されました。

コレペティートルとは

歌劇場などでオペラ歌手やバレエダンサーに音楽稽古をつけるピアニストのことだそうです。

19歳の時には、ショパンのみの小規模な初リサイタルを成功に収めています。

1937年の22歳の時にモスクワ音楽院に入学し

グンリフ・ネイガウスという、モスクワ音楽院の院長を務めたピアニストに

師事していましたが、リヒテルさんは既に完成されたピアニストだったそうで

後に「何も教えることはなかった」と言わしめています。

リヒテルさんは、ネイガウスの紹介で、セルゲイ・プロコフィエフさんという

ロシアの作曲家、ピアニストと親交を持つ様になり

モスクワでプロコフィエフの曲を初演し、成功しています。

以後、ソ連国内で活発な演奏活動を行い

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1950年に初めて東欧でも公演を行う様になっています。

一部の録音や評価はソ連の西側諸国でも認識はされていましたが

冷戦で対立していたため演奏旅行は許可が下りず、評価のみが西側に渡り

実像がわからないため、「幻のピアニスト」と呼ばれる様になったそうです。

その後も各国で成功を収めていますが

1970年の日本万国博覧会の時に、初来日されています。

それ以降も8回も来日しました。

親日家だったリヒテルさんは日本でも有名なピアニストとなったのです。

リヒテルさんは、とても繊細で

音楽評論家のペーター・コッセさんから、「傷つきやすい巨人」と評され

頻繁にコンサートをキャンセルしていたそうです。

リヒテルの名盤をチェック

リヒテルさんの演奏は、いまでもCDで聞くことができます。

スヴャトスラフ・リヒテル名演奏集や

モーツァルト:ピアノ&ソナタ第4番&第8番&第15番など

いまでも名演奏を聞くことができます。

YouTubeにリヒテルさんの平均律がありましたので紹介します。

最後に

冷戦状態にあったソ連の西側にまで、その演奏の素晴らしさが伝わったリヒテルさん。

心を落ち着いてクラシックに酔いしれたい時、オススメです!

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